かならずかならず一つところへまゐりあふべく候ふ。
(親鸞聖人消息)
墓地で「倶会一処(くえいっしょ)」と刻まれた墓石がたまにあります。墓石の正面に刻む文字として「○○家之墓」と刻む概念がある中でこのように刻んであれば、つい目にとまり「何故このようなにしてあるのだろうか」と思われておられる方も少なくないと思います。これは、「阿弥陀経(あみだきょう)」の中に書かれている言葉です。この言葉をかみくだいて読めば、「倶(とも)に一処(ひとところ)で会う(あう)」と読みます。これは、同じ一つのお浄土に生まれ、先だった方と再会することを意味します。同じように、親鸞聖人はお弟子さんに、「かならずかららず一つところへまいりあうべくそうろう」とつづられています。ただし、誰でもそう簡単に言葉ではありません。この言葉がしっくりと、血の通った言葉として輝くには、仏さまの言葉を、阿弥陀さまの願いを聞かなければなりません。その時、この言葉の本当のすごみが実感できるとお弟子さんにおっしゃいました。
なつかしい世界の光景。
私たちの先祖は そういう世界を具体的にイメージできたのかなと この言葉に接するたびに思います。
そういう世界が私たちのこころから喪われていったのは いつ頃からなのでしょうかね・・・。