大和の清九郎
「妙好人」(信仰に篤い人)と讃えられる大和の清九郎についてお話します。
大和(今の奈良県)に清九郎という人がいました。貧しく、読み書きもできず、「せいくろう」と書かれた傘の文字も読めなかったといわれていますが、大変な親孝行者な人物でした。
その清九郎が、樵(きこり)の仕事中、彼の近くに鶯が飛んできて美しい声で「ほう、ほうけきょ」と鳴きました。最初は気にも留めていたかったのですが、そのような事が2年ほど続きました。
そんなあるとき、近所のお寺で宝物を公開するというので見に行くと、その中に蓮如上人の愛用していた鶯の籠がありました。そこで、
「この籠は、蓮如上人の病中のお見舞いに献上した鶯用の籠ですが、蓮如上人は、鶯の声をお聞き『鳥さえも、法を聞けよと教えてくれている』と大変お喜びになった」
と説明を受け、自分に付きまとう鶯も、「法をきけよ」と催促していたと気づきました。
自分に付きまとう鶯の「ほうほうけきょ」の鳴き声を、「法を聞けよ」と催促する声と受け止めたわけですね。それ以来、熱心な信仰生活が始まったと言われています。
私一人のために、遥か昔から阿弥陀如来の慈悲の光は降り注いでいます。
清九郎の逸話は、私たちが、阿弥陀如来の光に照らされていることに気づいていくことの大切さを教えてくれているのではないでしょうか。
有り難いことですね。
今のような不安にみんながおびえる時代 清九郎さんの生きざまは 何か大事なことを 私たちに語りかけてくれているように思います。
もっと多くの人たちに あみださまの御法義が広がりますように・・・。
なんまんだぶ なんまんだぶ・・・
コメントありがとうございます。
ブログの仕様上、お名前はこちらで匿名と変更させていただきました。
まさに、このような、多くの人が不安を抱える時代こそ、阿弥陀様の御法義がもっと広まればと思いますね。
妙好人のことばって 何か 素材がこなれきったまろやかなスープみたいな感触がしますね。
お坊さんの説教って ごつごつしてまだ素材感が残っている でも この人たちはそれを 生活の中で完全にこなれきって 歓びの栄養になりきっているような。まろやかにしあわせの回路につながりきっているような。
うまくいえませんが だから 妙好人のことばって お坊さんのことば以上に魅力的に こころに深く染み込んでくるのでしょうかね。
なんまんだぶ なんまんだぶ・・・
もっと聴きたいです・・・。
そうですよね。妙好人はお坊さんじゃなく、いわば普通の人で、日常生活から出てきた言葉で話すから、ごつごつとした硬さがないのかもしれませんね。
お坊さんは、教義を学んだ分、少し硬い言葉や表現になりがちで、見習わないとと思いますね。
地獄の炎の中に飛び込んで 血けむりあげて泣くやつを 抱いて抱えて摂取して はすのうてなに乗せあげて にっこりわらうその顔をみるまでは 引くに引かれぬ親じゃぞよ・・・
憂いさつらさは弥陀がして うまいところを衆生のものと 超世の悲願成就して 助けたまうが弥陀じゃぞよ・・・
広島の和上さまが口ずさまれていたお歌。
あまりに有り難いので 辛い時 口ずさんでまいりました。
どなたが詠まれた 何という歌なのでしょうか・・・?
人生の辛さ・苦しみを みんなみんな自身が背負って 私には いちばんおいしいところばかりを 「さぁ 食べよ!」と勧めてくださるみほとけ。
そんなみほとけがいつもついてくださっているしあわせって 譬えようがないですよね・・・。
お念佛の人には 苦しみがない 苦しみが生じない いのちの回路みたいなものが あみださまにより 拓かれていくのでしょうか。
なんまんだぶ なんまんだぶ・・・