忙しい時期です

お寺では、1年を通して色々な行事があります。例えば、8月にはお盆、1月はお正月、そして春にはお彼岸、そしてなんといっても最も重要な行事といえば、「報恩講(ほうおんこう)」です。

報恩講とは

報恩講とは、毎年、祥月命日(1月16日・旧暦11月28日)の前後に親鸞聖人のご遺徳をしのび、ご恩を報謝する法要です。秋から年明けの1月あたりにかけて行われることが多く、関西では「ほんこうさん」とか「ほんこさん」と親しみを込めて呼ばれることもあり、浄土真宗ではとても大切にしている行事の一つです。

正敬寺でも10月24に報恩講を行い、ご参加いただいた多くの方々とお勤めを行ったあと、お招きさせて頂いた布教使の先生にご法話を頂きました。

昔は、お寺で行うだけでなく、各ご家庭でも法要を行い、ご近所の方も参加し、皆で「正信偈」(しょうしんげ)を読み、法話を聞くということもあったようです。地域によってはその風習はいまも残っているようです。

恩に報いる

では、「報恩」とはどの様な意味なのでしょうか?

報恩・・・恩に報いる

つまり、阿弥陀様のお慈悲。
それをお示しくださった親鸞聖人。
それに対するご恩を報謝する日です。

親鸞聖人もまた、阿弥陀様のお慈悲と、それをお示しくださった過去の高僧方への報謝の気持ちで日々を過ごされました。

それが現れているのが、お寺でよく歌われる「恩徳讃」です。
これは親鸞聖人の残されたご和讃にメロディーをつけたものです。

如来大悲の恩徳は 身を粉にしても報ずべし
師主知識の恩徳も ほねをくだきても謝すべし
(正像末法和讃)

歌 https://www.ryukoku.ac.jp/about/outline/songs/images/ondoku.mp3

「身を粉にしても」
「ほねをくだきても」

非常に強い表現ですね。

どう頑張っても煩悩から逃れることのできないこの私にむけて、手を差し伸べ、呼びかけ続けてくださっている阿弥陀様の大きなお慈悲は、身を粉にしても 骨をくだきても 返しきれないほどのご恩といえましょう。